山田の案山子

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help リーダーに追加 RSS 定年検事の哲学とは?

<<   作成日時 : 2007/08/28 19:55   >>

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 検事は被告人を裁く時、其処迄云うか? と云う位にさも被告人が極悪非道な残虐な人物として起訴状を作成し朗読する。そして判例に基づいて最も重い刑罰を求刑する。
 
 にも拘わらず、定年を迎えると殆どと云って良い位の人達が弁護士に転職して行く! 
 そして被害者の有利に成る事ばかりを弁解し、寛大なる措置を訴える。 
 
 中には弁護士の居ない田舎に住み、国選弁護人として丈でも食べて居る人も居る。
 検事を志した意気込みは何処へ行ってしまったのか?

 哲学は、お持ちでしたのでしょうか?
 
 弁護士には裁判官上がりの人も、最初から弁護士の道を歩く人も有る。
 首都圏を離れると確かに弁護士の不足して居る事は否めないと思う。
 
 国選弁護人と雖も、東京では有り得ない事ではあるが、都内では起訴されて拘置所に移管される前には1度は接見に来る弁護士が多い。
 東京拘置所が交通の便が悪い郊外にある事も有ろうが……

 私が酒を飲んで暴れて罰金刑と判っていても2度も足を運んでくれた弁護士もいたが、彼は未だ若っかったが、一生懸命に奔走してくれた。今でも感謝をしているが、速く独立して事務所を持って名をはせてもらいたいものである。
 
 国選弁護人が法廷で初めて被告人と顔を合わせる。其れでどんな弁護が出来るのか? 唯の金儲けじゃ無いのか? 

 弁護士会か国からかは知らないが報酬を受ける以上は、公判前に一度位は起訴を認めるのか? 争うのか? 位の事は聞きに来るのが普通では有りませんか?

 これが元検事、定年で弁護士に変身したとんでもない爺さんでした。

 検事とは悪を取り締まる最高権力者なのではないのでしょうか? 
 悪を憎まねば、悪は取り締まる事も、裁く事も出来ますまい! 

 辞めた途端に、悪を庇う弁護士と云う職業に転じる! ポリシー、法律家としての哲学がお聞きしたい!
 
 定年検事から弁護士に転職した人の全部が全部とは言わないが、食う為ならば己の信条さえも捨ててしまうのですか? 

 検事の持つ哲学とは何なんでしょうか?

 弁護士と云う職業は、犯罪ばかりを扱う物でない事は、私にも解ります。
 
 如何なる犯罪者に対しても弁護士は、職業柄、弁護せざるを得ない、少なくとも被告人を弁護しなければ成らない。
 
 腹の中では、死刑になっても仕方が無いと思いつつも弁護士は何処かに、被告人の有利となる証明を求め、減刑・寛大なる処罰をと結ぶ。

 私が言いたい事は、犯罪者を憎み、重罪を望むのか?
  
 犯罪者にも、犯行に至る迄の心境、生い立ち、環境、等々何らかの理由によって、犯行に及んだ事は致し方無かった! 事を立証したいのか? 

 弁護士にも、民事専門の人も居られるでしょうから、皆が皆とは言えませんけれども……

 刑事裁判に於ける、検事、弁護士の両方を経験して居る人の法解釈、哲学をお聞きしたいものである!

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